男性を癒やし抜く機械の感想・レビュー

人間の臨死状態を計測するAIが自殺を図った少女に生き甲斐を与える話。
物語の視点としては少女=アンドロイドで主人公に癒しを与えるという設定。
保護されるべき男性に対して発露される母性という経験により少女は再生する。
死にたいと思うことは、違う生き方を探しているということ。
不安を感じるという事は今よりももっと良くなろうとしていることの証なのだ。

ニーチェの「シレノスの知恵」とハイデガーの「死への存在」を自殺系少女とアンドロイドで提示

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  • 自殺した際、死ぬまでの間に人は何を思うか。そこからの再生は可能か。
    • 物語の体裁としては、記憶喪失の男性がひたすらアンドロイドに甘やかされ癒されるという形式を取っています。一種の抜きゲーのような感じですが、途中途中に挿入される哲学トークが、人間やアンドロイドの存在論を語っており、なかなか考えさせられる内容になっています。特に高校倫理でおなじみのニーチェハイデガーが出てきます。
  • ニーチェの「シレノスの知恵」
    • 本作におけるニーチェの思想としては恐らく『悲劇の誕生』を引用しており、シレノスの知恵のエピソードが出てきます。人間にとっての最善は生まれないことであるし、もし生まれたとしても直ぐに死ぬことだというくだりです。しかしこれは自殺を推奨しているのではなく、ギリシアの民衆が生存の恐怖と苦悩を直視していたことを示しているのです。このような生きることの辛さを自覚していたからこそ、ギリシア芸術を作り上げることができたのだと。ニーチェはこのような生の深淵をディオニュソス的なるものと名づけます。そしてこのディオニュソス的なものがあるからこそ、光と美の現実を肯定するアポロン的なものが生み出されると説くのです。本作ではこのようなニーチェの思想を応用し、自殺したからこそ、生存の恐怖と苦悩を見つめ直すこととなったとして、少女を再生させるのです。
  • ハイデカーの「死への存在」
    • そしてニーチェと共に出てくるのが、ハイデカーの「死への存在」。現在において私達はダスマン状態に陥っており、代替可能な誰かとして生きています。例えば多くの給与生活者にとって、そのヒト個人にしかできないという労働は稀であり、交換可能です。私がいなくなったところで、会社は崩壊することなどなく、世界は回っていきます。代替可能な消耗品にしかすぎないのです・・・。ダスマンですね。ではダスマンでなくなるにはどうすればいいかというと、自分の有限性を意識すること。すなわち死を直視することなのです。本作品においては「自殺した少女の死ぬまでの意識」をAIが計測しているという設定であり、もろに「死への存在」というわけなのです。そのため主人公くんのことを、アンドロイド扮する少女が現存在、ということでダーザインと呼称するのです。
  • 自殺とそこからの再生 世界内存在
    • 本作ではラストに視点転換が起こり、AIだと思っていたアンドロイドの少女がホントウは自殺した人間の少女であり、物語の語り部となっていた主人公くんこそがAIなのだということが明かされます。そしてAIが死を計測するなかで少女を救うことになったのでした。

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万物は常に不安だ。
だから思索する。
そして、思索するときにこそ、思索は思索法を変えたいと思索している。
死にたいと思っているときにこそ、死に方は違う死に方を探している。
それは違う生き方を探していることだと僕はおもうけれど、きみはどう思う?
不安なとき、きみはより良くなろうとしている。

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